子どもへの英語学習は「投資」だと思う。でも、思い通りのリターンばかりではない
子どもに英語を習わせていると、ふとこんなことを考えたことはありませんか。
「これだけお金をかけているんだから、英語が話せるようになってほしい。」
これは親なら誰でも一度は思うことだと思います。
英会話教室の月謝、教材費、イベント代、送迎にかかる時間…。
週に1回のレッスンだったとしても、それを何年も続ければ決して小さな金額ではありません。
だからこそ、「これだけ続けたのだから、きっと英語はペラペラになるはず」と期待してしまうのも自然なことです。
今日は、その期待を少し裏切るようなお話になるかもしれません。
ですが、これは実際に子どもたちへ長年英語教育を続けてきた我が家が感じた、本音でもあります。
英語教育は「投資」に似ている
私は子どもの英語教育を、ある意味では投資に近いものだと考えています。
もちろん、お金儲けの話ではありません。
時間、お金、そして親の労力を子どもの未来へ投資しているという意味です。
投資には必ずリスクがあります。
たくさん投資したからといって、必ず大きな成果が返ってくるとは限りません。
英語教育も同じです。
高額なスクールへ通わせたから。
長年続けたから。
ネイティブ講師のレッスンを受けたから。
それだけで流暢に話せるようになるとは限りません。
親としては少し寂しい現実ですが、そこは受け入れなければならない部分でもあります。
週1回のレッスンだけで本当に話せるようになる?
少し考えてみてください。
週に1回、60分の英会話レッスン。
もちろん、その1時間はとても価値があります。
でも、その時間だけで自由に英語を話せるようになるでしょうか。
もしスポーツだったらどうでしょう。
サッカー選手が週に1時間だけボールを蹴ってプロになれるでしょうか。
野球選手が週1回だけバットを振ってプロ野球選手になれるでしょうか。
世界で活躍する大谷翔平選手が、週に1回だけ練習して今の姿になったと思う人はいないでしょう。
もちろん、英語とスポーツを同じように考えることはできません。
それでも、「触れる時間」が成果に大きく影響するという点では、とてもよく似ています。
英語も毎日触れる人ほど、上達しやすいのは間違いありません。
だから、週に1回の英会話教室だけで「ペラペラになる」と期待してしまうのは、少し現実とのギャップがあるのかもしれません。
我が家の子どもたちも完璧ではありません
我が家も長年英語教育を続けてきました。
英会話教室へ通い、家庭でもできる範囲で英語に触れる時間を作ってきました。
その結果、子どもたちはある程度英語で会話ができます。
海外の映画も字幕なし、あるいは英語字幕で楽しめる作品もあります。
英語を聞くことへの抵抗もほとんどありません。
ここだけを見ると、「十分成果があった」と感じる方もいるかもしれません。
しかし、インターナショナルスクールへ通っている子どもたちと比べれば、その差は歴然です。
英語を話すスピード。
語彙力。
表現力。
自然な言い回し。
どれを見ても圧倒的な差があります。
それは当然です。
英語に触れている時間がまったく違うからです。
学校生活そのものが英語。
友達との会話も英語。
授業も英語。
生活そのものが英語環境です。
週に数時間英語へ触れる子どもとは、比較にならないほどの経験を積んでいます。
投資額も環境も違う
英語教育について話すとき、「どこまでを目指すのか」はとても大切です。
インターナショナルスクールへ通う。
海外留学をする。
長期滞在を経験する。
こうした選択肢は、確かに英語力を大きく伸ばす可能性があります。
一方で、その分費用も大きくなります。
ご家庭によっては数百万円、場合によってはそれ以上の教育費が必要になることもあります。
我が家は、その選択はしませんでした。
もちろん、「できなかった」と言ったほうが正しいかもしれません。
だからこそ、限られた予算の中で、できる範囲の英語教育を選んできました。
結果として、ネイティブのように話せるわけではありません。
でも、「まったく英語が分からない」という状態でもありません。
この中間地点こそ、多くの家庭が現実的に目指す場所なのではないかと思っています。
英語力だけでは測れない価値がある
私が英語教育を続けて良かったと思う理由は、実は英語力だけではありません。
子どもたちは幼い頃から外国の先生と接し、さまざまな文化や価値観に触れてきました。
日本では当たり前と思っていたことが、海外では違うこともある。
肌の色も、話す言葉も、考え方も違う人たちと自然に関わる経験。
これは英単語や文法では学べない財産です。
幼少期にこうした環境へ身を置いた経験は、子どもたちのアイデンティティにも少なからず影響していると感じます。
海外のニュースに興味を持つ。
外国人へ自然に話しかけられる。
異文化を否定せず、「そういう考え方もあるんだね」と受け入れられる。
こうした姿を見るたび、「英語教育を続けてきて良かった」と思います。
親はいつまでも子どもを引っ張れない
子どもが小さい頃は、親が「今日は英語の日だよ」と声をかければ動いてくれます。
でも、それは永遠には続きません。
成長するにつれ、自分で考え、自分で選択するようになります。
親がいつまでも後ろから押し続けることはできません。
だからこそ、幼い頃に英語を好きになるきっかけや、「英語は楽しい」という記憶を残してあげることには大きな意味があると思っています。
最終的に学び続けるかどうかを決めるのは、子ども自身です。
親ができるのは、その入口まで連れて行ってあげることなのかもしれません。
投資の成果は、何年も先に分かることもある
投資は短期間で結果を判断するものではありません。
英語教育も同じだと思います。
小学生では見えなかった成果が、中学生や高校生になってから表れることもあります。
「昔やっていて良かった。」
そう子ども自身が感じる日が来るかもしれません。
もちろん、思い描いた結果にならないこともあります。
それでも、子どもが英語に苦手意識を持たず、多様な文化に興味を持ち、自分の世界を少し広げられたのなら、その投資には十分な価値があったと私は考えています。
英語教育は、「いくら使ったから、これだけ話せるようになる」という単純なものではありません。
だからこそ、周りと比べるのではなく、それぞれの家庭に合った目標を持つことが大切です。
我が家も、完璧な英語教育ができたとは思っていません。
それでも、子どもたちが英語を通して得た経験は、これから先の人生のどこかで必ず役立つと信じています。
そして、成長した子どもたちが英語とどのように向き合っていくのかは、大学受験という大きな節目でも改めて考えさせられることになりました。
